『渦 妹背山女庭訓 魂結び』大島真須美
このブログで初めて本のことについて書いてみようと思う。
先般、直木賞を受賞した作品、大島真寿美著『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋)について。
『渦』はどのような話なのか
内容は簡単に言えば、文楽(人形浄瑠璃)の劇作者、近松半二の生涯を描いた作品である。
正直、芥川賞や直木賞の賞レースにあまり関心はないのだけれど、私は歌舞伎や文楽を見るのがとても好きなのだ。これについては自分でも意外だと思ってるんだけど。
そのため、歌舞伎や文楽のことを題材にした小説やエッセイ、ドラマなどがあればなるべく見るようにしている。どれもなかなか面白いものが多い。この小説もとても面白く読んだ。小説は基本的に関西弁で語られていくのだけれど、流れがあって読みやすい。
この小説は文楽(作中では浄瑠璃)の戯作者である近松半二の生涯を描いた作品である。
タイトルにもなっている『渦』は、浄瑠璃や歌舞伎に関わる者たちが皆、芝居の世界の深淵に没入し巻き込まれていく様を表している。情熱も虚無も色々なものが「渦」として表現されている。一貫したこの作品のキーワードでもある。
主人公である近松半二はもちろん、父の以貫や人形遣いの吉田文三郎や半二の戯作者仲間である正三、登場人物は皆、多かれ少なかれ芝居の世界に魅せられ、魅入られ、渦に巻き込まれた人たちである。
この小説からは「創作する」「生み出す」ということを生業とする人たちの喜びや葛藤が伝わってくる。特に終盤の半二が『妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)』を書き上げるくだりはすごく感動的だ。
『妹背山女庭訓』という作品にはお三輪という少女が登場する。作品の終盤、半二の創りだした(半二に言わせると「現れた」)キャラクターであるお三輪が半二に語りかけるところがすごく好きだ。お三輪は本人が作中で語っている通り、半二が死んでしまった後も芝居の中で生き続けていると、私もそう思うから。
半二や当時の戯作者が魂を込めて書き上げた作品は現代でも上演され、多くの人の心を打っている。昨年だったか、歌舞伎座で「妹背山女庭訓」の「吉野川」の段を見る機会があったのだが、それがあまりにもすばらしい舞台で、その時の感覚がこの本を読んでいて蘇ってきた。
言葉や世相は変わる。人の考え方も変わる。それでも、人の胸を打つ根幹の部分に代わらないものはあるのだ、と歌舞伎や文楽を見るたびに思うのだ。
江戸時代に半二たちの作った作品は今も役者や観客をその「渦」に巻き込み続けている。
現代において文楽や歌舞伎に魅せられている私自身やこの小説の読者もまたこの「渦」に巻き込まれた一人だといえるのだ。
文楽や歌舞伎を知らなくても『渦』は面白いか
本作は文楽や歌舞伎のことを知らなくても楽しく読める物語になっていると思う。
でも知っていたらたぶん、倍くらい面白いとも思う。
作中、いろいろな作品の外題が出てくるので時系列もわかるし、その話を思い浮かべながら半二の観た芝居のウキウキ感や感動もわかるのだ。
だから興味を持ったら、そのタイトルのあらすじを調べてみたりすることをお薦めする。もちろんつまらないものもあるけれど、なんでそうなるの?というような破天荒なお話もあったりして面白い。
主人公である近松半二が書いた作品としては、この本のタイトルにもなっている『妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)』や『本朝廿四考(ほんちょうにじゅうしこう)』などが、現在も歌舞伎や文楽で上演されている。
『妹背山女庭訓』で上演されることが多いのは三段目の通称「吉野川」、そしてお三輪が登場する四段目「三笠山御殿」だと思う。
「吉野川」は非常にざっくりというならば日本版ロミオとジュリエット的なお話。二つの家に起きた悲劇の恋のお話だ。歌舞伎では両花道が作られ、花道に挟まれる座席が吉野川に見立てられる演出が取られる。
「三笠山御殿」はお三輪という町娘が、ある高貴な身分の男に恋をし、嫉妬に狂う様を描くお話。お三輪をどう表現するかが見どころ。本当に上手な役者さんがお三輪を演じるととってもかわいくて泣ける。 いつか大好きな四代目市川猿之助さんのお三輪を見てみたい。
『本朝廿四考』は終盤のお姫様が湖を渡るシーンには文楽の趣向が存分に溢れていてファンタジックでとても面白い。
お薦めの文楽&歌舞伎関連本
三浦しをん『仏果を得ず』
文楽好きの著名人としてはやはり三浦しをんがまず挙がる。彼女の書いた文楽鑑賞エッセイ『あやつられ文楽鑑賞』は作品解説等もあり気楽に読めて面白い。半二の創った『本朝廿四考』についても書かれていたはず。
三浦しをんの小説『仏果を得ず』は文楽の大夫(語り手)の青年が主人公の青春小説。セットで読むのがお薦め。
宮尾登美子『きのね』
当代の市川海老蔵(もうすぐ團十郎の名跡を継ぎますね)の祖父をモデルにしたとも言われる小説。
歌舞伎役者の悲哀が描かれていて、読み応えがある。
これは近松門左衛門が主人公。彼が代表作『曽根崎心中』を書き上げる話。本物の人形遣いである桐竹勘十郎さん(たいへん素晴らしい人形遣いさんでとても人気のある方)が出演されていて私はそれだけでもテンションがあがってしまった。